カリタスジャパンロゴ
ホーム はじめに サイトポリシー
プライバシーポリシー サイトマップ リンク
カリタスジャパン公式サイト
ホーム
ホットニュース
お知らせ
カリタスジャパンとは
カリタスジャパンの概要
募金について
援助活動
啓発活動
福祉活動ネットワーク
国際カリタスとは
四旬節キャンペーン
カリタスジャパンニュース
フォトギャラリー
発行物案内
募金活動の方法
ひとくちメモ
お問い合わせ
キリスト教・カトリックに関するご質問はこちらへ カトリック中央協議会
カリタスジャパンニュース
連算発行番号 Caritas Japan News No.279


「人間を守る」2009年の平和旬間に寄せて

カリタスジャパン担当司教 幸田和生



慰霊の塔で献花する金枢機卿

 日本と韓国の司教たちが歴史認識や宣教司牧の諸問題について学び、分かち合う「日韓司教交流会」という集まりが毎年開かれています。日本と韓国が毎年交代で会場となりますが、わたしが初めて参加したのは2005年の沖縄・那覇教区で行われた交流会でした。そこには今年2月に帰天された金寿煥(キム・スーハン)枢機卿も参加されていました。金枢機卿はその時すでにソウル大司教の職を退いておられましたが、「自分は沖縄に行きたいと思いながら、これまで一度もチャンスがなかった。
せっかくのチャンスなのでどうしても…」と言って参加されました。戦時中、徴兵によって日本兵にされた経験を持つ金枢機卿にとって、あの悲惨な沖縄戦の場は特別な意味を持っていたようです。
 1945年の沖縄戦では、1万人もの韓国・朝鮮人が犠牲になったと言われますが、多くの人は今もなお、姓名さえ分かっていないそうです。沖縄本島南部にある平和祈念公園(摩文仁の丘)には、「韓国人慰霊の塔」があります。また沖縄戦で亡くなったすべての人(日本人やアメリカ人の区別なく)の名前を刻んだ「平和の礎」には、名前の分からない朝鮮半島出身者のための空白の石板が続く場所があります。金枢機卿はこれらを訪問した後、開南教会で行われたミサの中で、正確な日本語で説教をされました。
 その中でわたしの心に残ったのは「人間を守る」という言葉でした。わたしたち日本人は、「平和を守る」とか「平和憲法をまもる」と言います。金枢機卿が「平和を守る」ではなく、「人間を守る」と言ったのには二つの背景があるように思いました。
 一つには1945年に日本の植民地支配から解放された後も、朝鮮半島には平和が訪れなかったこと。朝鮮戦争があり、ベトナム戦争にも参戦した韓国の歴史からは、「戦争か平和か」というふうに単純に割り切れないものがあるのでしょう。
 もう一つには、1970〜80年代の独裁政権下で民主化運動が弾圧されていた時、金枢機卿を先頭に、カトリック教会が「人間を守る」という姿勢を貫いたこと。枢機卿ご自身が生涯をかけて大切にしてきた思いを沖縄でも新たにし、その思いを次の世代の韓国と日本の人々、そして若い司教たちに伝えたいという願いがあったのでしょう。
 「人間を守る」。簡単な言葉ですが、平和旬間にあたってもう一度深く味わいたい言葉です。
 「国を守る」という名のもとに、一人一人の人間が踏みにじられてきた歴史が繰り返されることのないように…。また、災害緊急援助、開発援助、暴力や自死の問題への取り組み、HIVエイズへの取り組みなど、カリタスジャパンの活動すべてが、平和への取り組みと密接につながっていることを忘れないために…。 


パキスタン視察報告

 カリタスジャパン事務局は、2009年5月24日から28日までの日程で、成井大介神父(援助活動推進部会秘書)とともにパキスタンのラホールを訪問しました。今回の訪問は2006年12月の訪問に続いて2回目です。

 人々の暮らしは2年半前と比べて悪化していました。経済状況が悪化し、生活費が2倍ほどに跳ね上がった上に、国内の至るところで自爆テロが頻発し、人々は死の恐怖と隣り合わせで生活しています。

訪問期間中の5月27日にもカリタスラホール事務所から約100メートル離れた場所で自爆テロが発生し、26人が亡くなり、370人がけがを負いました。

 この爆発があった時、私たちはラホール市街から少し離れた場所で、アフガニスタンの戦火を逃れた難民の子供たちが通う学校を訪れていました。この学校は、カリタスジャパンの前回の視察直後に始めた支援によって開校された学校で、アフガニスタンの学校に準拠した教科を子供たちに教えています。生徒は小学校入学前の準備学年から3年生までの4学年合わせて50名近くおり、中には学校支援が始まる前に難民キャンプで見かけた懐かしい顔がありました。当初、ゴミや泥にまみれ、やせてすり切れた服を来ていた子供たちはすっかり健康的で衛生的になっていました。子供たちは私たちの、「学校は好きですか?」という問いに全員が「はい」、と答え、その理由として、「勉強して両親を将来楽にさせたいから」、「国と人々を助ける人になりたいから」、というようなことを挙げました。他の国で聞く、「友達と会えるから」といった答えを期待していた我々は正直、驚きました。先生は3人でいずれもソ連侵攻時代にパキスタンに避難してきたアフガニスタン人です。3人とも、平和になった時に祖国に戻る事を希望しており、帰国して国と人々のために尽くすことの大切さを日頃から子供たちに教えているようです。

 皆様からの支援金による当該プロジェクトは、学力のみならず、子供たちに未来への希望を与え得ると信じます。
(事務局 稲江佐和子)


平和−複雑に絡み合った様々な問題−

カリタスジャパン秘書 成井大介


 カリタスが全世界で取り組んでいる貧困や平和などの問題には、ただお金や戦争がないというだけでなく、教育、医療、社会保障などへのアクセスが無かったり、人種、信条、性別などによる差別があったりと、実に様々な顔があります。お金があって戦争が無くても、病院がなかったり、学校がなかったり、選挙権がなかったりしたら、やはり人として尊厳のある生活はできないからです。
 たとえば、カリタスジャパンが支援しているバングラデシュのチッタゴンに住む少数民族は、宗教、民族、文化、言葉、歴史など多くの点で多数派のベンガル人と異なった背景を持っています。彼らには学校や病院へのアクセスが無く、文字を読めないために役所を通じた様々なサービスも実質受けることができません。逆に長年住んできた土地も、役所で登記をしていないために、いきなり追い出されてしまうことが多々あります。結果、山脈の奥へ奥へと追いやられ、ますます社会サービスから遠ざかっていくのです。まさに貧困のまっただ中で、平和からかけ離れた生活を送っています。

小学校で学ぶチッタゴンの子どもたちと、銃を持って監視する係官  ©カリタスジャパン

 この少数民族の人々は、英国統治時代からある程度の自治権を持っていました。しかしパキスタン時代、バングラデシュが独立してから現在に至るまでも、彼らの地域における権利は弱まるばかりで、むしろ上記の通り、搾取の対象となっています。そうした歴史の中で少数民族の人たちは、度々政府と武力衝突を繰り返してきました。私たちが視察を行った2008年2月も、チッタゴン地域内では24時間軍隊が私たちの行くところ全てついて回りました。現在でもそれほどの緊張があるのです。
 こうした状況の中、カリタスは少数民族の子供たちを対象とした初等教育支援を行っています。これによって人々は文字が読めるようになり、民族独自の知恵や知識だけでなくバングラデシュの一般的な教養をも身につけることができるわけですが、そのことは役所における土地の登記をはじめとする様々な社会サービスへと道を開きます。また、小学校を卒業してから中学に進む子もごく少数ですがいます。町のカトリック教会に設置される寮に泊まって通うのです。彼らは学校でベンガル人とともに学びますので、互いの民族の架け橋になっていきます。こうして彼らは、自分たちが望む社会を、自分たちの手で少しずつ形にしていきます。平和な社会はこのように、人としての基本的な必要(ここでは教育)を実現することを通して、当事者たちによって構築されていくのです。カリタスは、日本の皆さんとチッタゴンの少数民族を結ぶ架け橋です。これからも、平和のパートナーとして多くの人とともに歩んでいけることを祈っています。

(宗)カトリック中央協議会 カリタスジャパン
〒135-8585 東京都江東区潮見2-10-10 日本カトリック会館 tel(03)5632-4464
info@caritasu.jp(日本語)secretariat@caritas.jp(English)
Copyright (c)Caritas Japan,All Right Reserved
郵便振替番号 00170-5-95979